2006年9月21日 (木)

タワー・オブ・テラー(番外編)

09211 ■ 22日発売の『ディズニーファン』の裏表紙の裏広告に「ビッグバンドビート」CD発売の情報が!!私は定期購読ではないのでまだ未確認ですが、友人の写真を見たところ、ドラマーミッキーのジャケットが確かに載ってます!!「近日発売」の「近日」がいつか気にかかりますが、とりあえず正式に告知されたので喜んどきます。本物を見るまで、ぬか喜びは禁物です。
■ ふと思い出して去年カリフォルニアのディズニーランド・リゾートに行ったときの写真を掘り出しました。ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーの「トワイライトゾーン・タワー・オブ・テラー」です。もちろん私は乗ってません…。友人が乗るのを待っておりました。09212
■ 建築様式や総工費などはよそのブログに任せるとして、ファストパス発券機でなつかしい日本語発見。カリフォルニアは「ハリウッドタワーホテル」です。ホテルなので、世界各国の荷物がファストパス発券機になってました。そのうちのひとつです。今検索してみたら、日本語ではなく中国語だか台湾語だそうです。日本語だと「山海珍味」、読んで字の如し「山と海の珍しい味覚」。珍しい食材が入ってるんでしょうね。

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2006年9月18日 (月)

タワー・オブ・テラー(6)

09181 ■ 帰還しました。三連休と重なり、不完全燃焼でした…。いつも平日に行くため、土日の人の多さに免疫ができていません…。「ディズニー・ギャラリー」のキャストさんとお話しました。シンデレラ城は、記念撮影したときに真っ白だと色がとぶし、逆光だと白が灰色になってしまい、撮影的に美しくないから陰影をつけた今の色になったそうです。複雑な事情があったらしい。
■ 風邪薬の広告がランドにあるかどうかの確認やタワテラの掲示板の写真撮影などすべてできずじまいでした…。それから、「ファンダフル・ディズニー」会報第8号が届いていました。「パークプレイスの竜」の意味も判明しました。「タワー・オブ・テラー」の携帯公式サイトに「ニューヨーク市保存協会からの挑戦」というクイズがあり、そこにも新情報満載です。それに伴い、「タワー・オブ・テラー(3)」などの記事を修正してあります。09182
■ 今日でこの掲示板最後です。写真がQラインにふさがれていて、私がタワテラに並ばない限り今後も撮れそうにないのであきらめました。どうせ途切れているからいいのです。途中までいきます。

"THE NEW YEAR BEGINS WITH A BIG BANG DISASTER AT THE HOTEL HIGHTOWER

...arched windows on the facade of the tower exploded outward with a spine tingling boom, which echoed the length of the city from the Bronx to the Bowery. This mysterious electricity, which was green in hue, is reported to have lingered a few seconds after the blast, making ... crackling noises. In ...

The last thing anyone expected in those last festive moments was for the Hotel Hightower to EXPLODE!

A NIGHT OF TERROR
...fortune only a few small fires were started, and quickly put out. People on the street helped ... "

ホテルハイタワーで大惨事 大衝撃音で新年始まる

…背中がぞくぞくするほどの轟きをあげて、タワー前部のアーチ型窓が爆発した。その音は市内ブロンクスからバワリーまで反響したほどだった。爆発後数秒間緑色の謎の電気が…パチパチと音を立てながらなかなか消えなかったと言われている。…

ホテルハイタワーでのお祭り気分の最後に誰もが期待していたものは爆発になってしまった!

恐怖の夜
…いくらかの小さな火で始まったが、すぐ消した。通りにいた人々は…助けた…」

途切れ途切れだし、英語がうまく訳せないし、意味不明…。とにかく新聞記事の写真にあるとおり、グレートタワーのアーチ型窓で爆発が起こり、緑の光がしばらく消えなかったそうです。この緑は何を意味するんでしょうか?まず「タワー・オブ・テラー」に乗らないと…。

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2006年9月 9日 (土)

タワー・オブ・テラー(5)

09090 ■ 前回同様ホテルハイタワー前の掲示板からです。今回は1900年1月1日(月)ニューヨーク・グローブ通信より。ちなみに右上に先週の土曜日の発行部数が記載されています。63万5781部だそうです。「ニューヨーク(アメリカ)の歴史 - エイビーロードネット」によると、ニューヨークの人口が1900年当時「300万人強」とあります。他のサイトでもだいたい300万人前後となっています。その300万人のうち63万人以上がニューヨーク・グローブ通信を読んでいたんですね。比率にすると約21%。多いのか少ないのかはよくわかりません。でも、ニューヨーク一の新聞社だからすごい数字なんでしょうね。09091
■ 以下引用です。この記事も他の切り抜きが重ねて貼ってあるので途中で文章が途切れています。

"HARRISON HIGHTOWER DISAPPEARS AT 'TOWER OF TERROR'
Hotel Hightower Closed to the Public

NER YORKERS ARE STILL REELING AFTER THE SHOCKING EVENTS at HOTEL HIGHTOWER last night. What began as a joyous celebration ended in SADNESS for Many Manhattanites.

11:59 p.m. - All day long people had streamed into the city on elevated trains and streetcars, to join the general throng in the streets as they celebrated the impending turn of the century.

They were standing on roof tops, dancing in the parks, crowding onto balconies and stopping traffic as they began the exuberant count-down of the last few seconds of the ninteenth century, eager to welcome in the twentieth century with cheers, toasts and choruses of 'Auld Lang Sine'.

Most of last night's injuries were caused by the general panic. Forty-two people were trampled in the chaotic rush, but all of them have survived, though a few with extensive...
...tower were standing on the foyers near the windows as they exploded. Five of the people dashed to safety in time, but one man was still standing on the foyer floor as it collapsed under him. ..."

ハリソン・ハイタワー氏 『恐怖のホテル』で姿消す
ホテルハイタワー閉鎖

ニューヨーク市民は昨夜のホテルハイタワーでの衝撃的な出来事に未だに混乱している。楽しいお祝いとして始まったことが、多数のマンハッタン住民にとっては悲しいものとなってしまった。

午後11時59分 ― 世紀の変わり目を祝う大通りの群集に混じりたい人々が一日中高架電車や路面電車で市中に流れ込んでいた。

人々は屋根の上に立ったり、公園で踊ったり、バルコニーに押しかけたり、通行中に立ち止まったりして、20世紀を喝采と乾杯、『蛍の光』の大合唱で迎えるのにやる気十分、19世紀の残り数秒を元気よくカウントダウンし始めるつもりだった。

昨夜の負傷者の大半は一般の騒動に原因があった。42名は混乱して殺到した人々に踏みつけられて負傷し、少々広範囲の…だが、命に別状はない。
…タワー…爆発したとき窓の近くのロビーに立っていた。うち5名は安全な場所へ勢いよく走っていってちょうど間に合ったが、1名はそれが彼の下に崩壊したため、まだロビーに立ち尽くしていた。…」

■ 前半が1899年(19世紀)から1900年(20世紀)へのカウントダウンに盛り上がるニューヨーク市マンハッタン島の人々の様子、後半がおそらくホテルハイタワーでエレベーター落下事故が起きたときの混乱の様子です。アメリカ人がカウントダウンでお祭り騒ぎしている光景が目に浮かびます。しかし、ホテルハイタワーの事故で一転して暗い雰囲気になったんですね。またしても、隠されてる事故直後の文章がものすごく気になります。緑の稲妻はハイタワーの乗るエレベーターにだけ落ちたと公式サイトにあったので、その事故による直接の被害者はいないようです。新年会の招待客のうちの負傷者は、混乱して逃げ惑ったときにケガしたそうです。
■ 今更ですが、ホテルハイタワー(タワー・オブ・テラー)があるのはマンハッタン地区なんですね。そんな標識ありましたっけ。今度調べてきます。マンハッタンと言えばエンパイア・ステート・ビルディング。そして、思い起こせば2003・2004年の「ハーバーサイド・クリスマス」、ウォーターフロントパークで上演された「クリスマスホリデー・イン・ニューヨーク」。ホテル(ハイタワーではない)に宿泊するミッキーたちが登場した直後、ミッキーがミニーに「まず、エンパイア・ステート・ビルディングにのぼる?」と言ってホテルハイタワーの方向を指差しました。これはちゃんとマンハッタンの方を指差していたんですね!当時タワテラは建設中でしたけれども。気づいて感動!…まあ、エンパイア・ステート・ビルディングが完成したのは1931年ですから、時代考証は気にしてはいけません。

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2006年9月 5日 (火)

タワー・オブ・テラー(4)

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■ 昨日の続きです。まず祝賀会の写真について。拡大して見るとなんだか気持ち悪いです。タキシード来た同じような男性ばっかり!女性がひとりも見当たりません。唯一ハイタワーらしき白髪白髭の人物が中央手前に見て取れます。説明文には"The Elite of New York society and its financial community gathered last night to celebrate the Grand opening of Hotel Hightower.(ニューヨーク社会のエリートと財界人が昨夜ホテルハイタワーのグランドオープンを祝うために集まった)"とあります。

"A GLORIOUS CELEBRATION ENSURES

Invited guests started arriving in their private coaches as soon as the streets were clear. These were the social elite of the city, including Mayor Chaplin and the city council. Also on hand was President Benjamin Harrison, although he reportedly went straight to his room and slept through the night. Every famous face in New York could be seen... ...special late night event. Although reporters were not allowed into the event, we've been told that it was an intimate and sedate affair. Harrison Hightower reportedly told humorous anecdotes about the construction of the hotel, and shared stories relating to the acquisition of various artifacts in the hotel. This morning some New York... ...responsible for a small riot that followed. It began as invited guests began to present their invitations at the door. Thugs and rowdies who had infiltrated the crowd moved forward intent on getting into the celebration. A scuffle ensued, and the throng on the street followed the rowdies and within minutes the crowd pressed...."

栄誉ある賞賛 確実

招待客が私有車で到着し始めると、すいていた通りがごった返した。チャップリン市長や市議会議員たちを含むニューヨーク社会の中枢たちである。噂によると部屋に直行して夜通し寝ていたそうだが、ベンジャミン・ハリソン大統領も出席した。ニューヨークの名高い面々すべてを見ることができた…。…特別な夜更けのイベント。報道陣はこのイベントに出席できなかったけれども、我々はイベントが内密で落ち着いたものだったと聞いた。ハリソン・ハイタワー氏はホテル建設時の滑稽な逸話を話したり、ホテルのさまざまな工芸品をを入手したときの話を語ったそうだ。今朝ニューヨーク…。…ちょっとした騒動の責任がある。それは招待客が玄関で招待状を渡そうとしたときに始まった。群集に忍び込んだ暴漢たちが祝典に入り込もうと行動を起こしたのだ。乱闘が始まり、暴漢に続いてあっという間に通りに人だかりができて群集が押し合った…」

■ なんとまあ祝賀会には一悶着あったようです。しかし、出席者がすごいですねえ。ベンジャミン・ハリソン第23代大統領(1889-93在任)に、チャップリンニューヨーク市長も出席。しかし、「Wikipedia」の歴代ニューヨーク市長を見ると、"Chaplin"なんて市長は実在しません。1892年当時の市長は"Hugh L Grant"という人物になっています。ちなみに、チャップリンと言われて思いつく俳優のチャーリー・チャップリンは1889年生まれで1892年当時3歳なので全く別人です。BMTの"William J Gaynor"は実在するというのに…。アメフロのニューヨークの歴史は相当深いようです…。もしくは、"Mayor Chaplin"としか書かれていないので、ニューヨーク市以外の市長なのかも…。

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2006年9月 4日 (月)

タワー・オブ・テラー(3)

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■ 東京ディズニーシー5周年おめでとうございます!そして、「タワー・オブ・テラー」リオープンおめでとうございます!今日は気合いを入れて長文ながらも一番おもしろい記事を解読します。記念すべきホテルハイタワーのグランドオープンを伝える1892年1月25日(火)当時の記事です。

"HOTEL HIGHTOWER GRAND OPENING

HIGHTOWER'S MASTERPIECE OPENS AT LAST

  January 24, 1892 New York City, NY - Towering above Manhattan, the glorious Hotel Hightower has finally opened its doors to the public after three years of construction. Harrison Hightower III, the 'Dragon of Park Place', reportedly conceived this hotel a personification of everything he stands for- Beauty, Power, Elegance and Excellence. The hotel and the man who built it are both prime examples of the-.

PARADE DOWN FIFTH AVENUE
  The Grand Opening Celebration began with a parade down Park Avenue. It was an exotic event, featuring music and costumed peoples from various countries of the world. The parade began with an impressive float depicting a massive globe of the earth. The globe was impaled with a glittering sword with Hightower's emblem on the hilt. Occasionally the globe opened to reveal a shining pearl inside, being held by a beautiful lady in a diaphanous white gown. Close behind followed a marching band from Colonial India. After that, a Chinese dragon snaked its way down the street to the accompaniment of exploding fireworks. This was followed by Belly dancers from Arabia accompanied by a small orchestra on a stand, pulled by Arabian horses. This was followed by a group of Arapaho Indian ghost dancers and drummers. These, in turn, were followed by acrobats from Indonesia, chanting Maori warriors from New Zealand, and elegantly dressed geishas from Japan. It was quite a strange collection of people, who reportedly had been brought from the far corners of the world for only one purpose: to march in this parade.
  The final grouping of the parade featured Hightower himself. He was preceded by a large group of men dressed in their traditional African garb, shivering in the freezing air. They banged wildly... ...gleaming white beard shining in the sun."

ホテルハイタワー グランドオープン

ハイタワー氏の傑作 ついにオープン

 1892年1月24日 ニューヨーク州ニューヨーク市 ―マンハッタンの上に高くそびえる荘厳なホテルハイタワーが3年の建設期間を経て、ついに一般大衆へとその扉を開いた。噂によると、「パークプレイスの竜」ことハリソン・ハイタワー3世は、美・力・優雅・卓越を意味するものすべてを擬人化してこのホテルをつくることを思いついたそうだ。ホテルとその建設者は両方とも最高の…の実例だ。

第5大通りをパレード
 グランドオープニングセレブレーションは公園通りを行くパレードから始まった。世界各国の音楽や衣装を着た人々を呼び物とした異国風のイベントだ。パレードは大きな球体の地球を模した印象的なフロートから始まった。その地球には柄にハイタワー氏の紋章が入ったきらめく剣が突き刺さっていた。ときおり透明な白いガウンを着た美女が持つ内部の輝く真珠を見せるために球体が開いた。すぐあとには植民地インドのマーチングバンドが続く。その後は中国のドラゴンが花火を破裂させながら通りをくねって歩いた。そして、小さなオーケストラを率いたアラビアのベリーダンサー(*1)がアラビア馬を引きながら続き、次にアラパホー族(*2)インディアンのゴーストダンサー(*3)とドラマーの一団が続いた。その次にはインドの軽業師がニュージーランドのマオリ族戦士の歌を詠唱しながらやって来て、それから上品に着飾った日本の芸者が続いた。パレードはかなり奇妙な人の集まりであり、噂によると誰もがみなこのパレードで行進するという目的のためだけに世界のはるか遠い辺鄙な場所から連れてこられたそうだ。
 パレードの最後の一団にはハイタワー氏自身が登場した。彼は伝統的なアフリカの衣服に身を包み、凍るような大気に震えながら、男性の集団に先行されていた。彼らは激しく大きな音を立てた… …太陽に白いあごひげが輝いた」

(*1)ベリーダンス:女性が腹と腰をくねらせて一人で踊る
(*2)北米先住民の1種族
(*3)ゴーストダンス:19世紀末に北米西部のインディアンの一派が行なった宗教的な集団舞踏;これによって死者の到来、伝統的生活への復帰が可能になると信じられた

<引用>
(*1)(*3)『リーダーズ英和辞典 第2版 リーダーズ・プラス』 研究社
(*2)『ジーニアス英和辞典 第3版』 大修館書店

盛大なパレードがグランドオープンのときに行われたそうです。ホテルハイタワーの折衷様式の外観を見ればよくわかるハイタワーの折衷趣味が表現されたパレードです。日本の芸者も参加してます。しかし、「その地球には柄にハイタワー氏の紋章が入ったきらめく剣が突き刺さっていた」とは、彼のいやらしさがよく出ていますね。世界は自分のものって感じです。「ファンダフル・ディズニー」会報第8号によると、冒頭の"'Dragon of Park Place'(「パークプレイスの竜」)"はハイタワーのプライベートオフィスの通称ですが、文意からいきなりその場所が出てくるのは変なので、ハイタワーの二つ名と解釈しました。竜退治するハイタワーの肖像画があるそうなので、自分を「パークプレイスの竜」と表現していてもおかしくないと思います。また、冒頭部は変なところで文章が途切れていました。私が続きがどこにあるかわからなかっただけかもしれません…。想像以上に力尽きたので、グランドオープンの祝賀会の記事は明日に回します…。
■ 公式サイトの「ベアトリスの日記」、1897年2月2日の日記にベアトリスがハイタワーを「8歳のときパレードで見た」とあります。その「パレード」が多分このグランドオープンのパレードだと思われます。パレードが行われたのは1892年1月24日で、そこから逆算すると彼女の生年月日は1883年4月15日です。4月15日という誕生日は1911年4月15日の日記から判明します。しかし、1912年8月20日の日記には「14歳の時、私の家に来てハイタワー氏の冒険物語を落としていった『青年』も彼だったのよ!」と書かれています。この「14歳の時」に冒険物語を拾った記事は、1897年2月2日の日記に書かれています。ということは、1897年2月2日時点でベアトリスは14歳。そこから逆算すると、生年月日は1882年4月15日になってしまい、矛盾しています。両年ともその年の誕生日前だったため、どちらかをベアトリスが錯誤していると思われます。ちょっとした記憶違いでしょう。どちらにしろ彼女の生年月日は1882年4月15日か1883年4月15日。1912年9月4日のホテルハイタワーリオープン時点で29歳か30歳。年相応の外見ですね。マンフレッド・ストラングはベアトリスが14歳の時点で「青年」と見ているので、若くとも当時18歳くらいでしょう。となると、現時点で30代前半から半ばくらいですね。私はベアトリスの生年月日は1883年が有力だと思います。1883年は東京ディズニーランドがグランドオープンした1983年4月15日のちょうど100年前ですから。偶然とは思えません。

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2006年9月 3日 (日)

タワー・オブ・テラー(2)/ニューヨーク・グローブ通信(3)

09031 ■ 「THE鉄腕DASH」はディズニーの曲がよく使われるので見る楽しみが2倍です。今日は「アンダー・ザ・シー」と「フィエスタ・トロピカール」で使われてた曲が流れてました!以前「ブレイジング・リズム」の曲が流れたときはどうしようかと思いました…。
■ あと、講談社「モーニング」の「タワー・オブ・テラー」マンガ読んできました。以下ネタバレ反転です。 「これで終わりかよ!」というブッタ切り具合でしたねえ。まるで予告編のような…。モーニング読者層はどう思ったのが疑問…。目新しい情報はなかったですが、唯一ハイタワー一行が22人だったことが判明。対するムトゥンドゥ族は数百人だとか。「ニューヨーク・デリ」でピクルス残してる人がいるのは笑えました。いよいよ明日リオープンですね!昨日に引き続き赤色部分です。その拡大写真が右です。09032
■ 実は別の意味でも興味深いニューヨーク・グローブ通信の1900年1月1日の記事です。 1899年12月31日の新年会でのエレベーター事故、ハイタワーの失踪を報道しています。まず下に貼られている黄色の紹介文。

"Newspapers from around the world wrote of Harrison Hightower's mysterious disappearance."

「世界中の新聞がハリソン・ハイタワーの謎の失踪を伝えた」

その紹介文のとおり、このふたつの切り抜きは、英語版ニューヨーク・グローブ通信ではありません。上がドイツ語で"Die Welt Fernschreiber Zeitung"、下がイタリア語で"Il Gionale Globele Del Telegrafo"。どこかで見たことあるなと思ったら、「ニューヨーク・グローブ通信(1)」でご紹介した社名の外国語版に通じるものがあります。ただし、上記紹介文で「世界中の新聞」となっているとおり、「ニューヨーク」・グローブ通信ではなく、ただの「グローブ通信」です。ドイツ語、イタリア語ともに新聞名を訳すと「グローブ通信」になります。上のドイツ語の見出しは"HIGHTOWER VERSCHWINDET!(ハイタワー消えた!)"、下のイタリア語の見出しは"SCOMPARSA MYSTERIOUS! DOVE E HIGHTOWER?(謎の失踪!ハイタワーはどこへ?)"
■ そこで、気になるのが「グローブ通信」と「ニューヨーク・グローブ通信」の関係。ニューヨーク・グローブ通信がコーネリアス・エンディコット3世の会社であることは間違いないのですが、このグローブ通信もエンディコットの関わる新聞社なのでしょうか?以前紹介した6ヶ国語あるニューヨーク・グローブ通信はニューヨーク市内の移民たちのために多言語で作っていると思われます。しかし、この写真の二紙はそれぞれ「ミュンヘン」、「ローマ」と書かれているので、その都市で発行されたのでしょう。ということは、6ヶ国語あるニューヨーク市内版とは別物というわけです。エンディコットが海外にまで営業所を持っているのでしょうか?それとも、その名のとおりグローバルなグローブ通信の名を借りて、エンディコットがニューヨーク・グローブ通信を経営してるんでしょうか?

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2006年9月 2日 (土)

タワー・オブ・テラー(1)

09021 ■ 行ってきました、TDR。濡れてきました、「クール・ザ・ヒート」。やっぱり大トリはミッキーでした!ランドのイベントラス日は初めてだったのですが、シーのような想像を超える盛り上がりはないんですね。リズム、アンコラス日は別格ですかね。
■ タワテラは見事に関係者のみのプレビューでした。しかも関係者プレビューは8月31日から。これはもう私に乗るなというお達しですか、そうですか…。すでに「TDS5周年の私的データベース」というこのブログの副題から反して、「アメフロのウンチク、英訳」ブログと化してますが、私の気の赴くままにいきます。オープン秒読み記念にタワテラです。09022_1
■ 私が8月3日に行ったときはまだ何も貼り出されておらず、みなさんのブログを見ると、8月4日から貼り出されたようです。「タワー・オブ・テラーの伝説、神話そして謎 ニューヨーク市保存協会」と題された掲示板より。赤色の部分から順次取り上げていきます。赤色部分の拡大写真が右です。もっとうまく撮ってくればよかったです…。1899年12月19日(火)ニューヨーク州ニューヨーク市版ニューヨーク・グローブ通信より。

"HARRISON HIGHTOWER RETURNING FROM AFRICA

Harrison Hightower III's Congo River Expedition

PUBLISHER'S NOTE:'We hope you will enjoy this thrilling accout of Harrison Hightower's recent expedition. We received this story by Express delivery only a few days ago, sent to us directly from Harrison Hightower III himself from Africa. You can almost feel the heat of the jungle coming off the page!

 -ef was no longer smiling. He ... -ously snatched the idol out...Hightower's hands and placed ... -ck on its altar.
 ...Hightower had been given no ... -ice but to take the idol by ... -e. On his command, ... Hightower's henchmen drew ... -r hidden weapons, fully ... -mred to battle their way out ... -he village. But the tribe ... -ely stood there, staring ... -ntly and expressionlessly as ... Hightower took Shriki Utundu ... -n from its alter. The ragged ...- al sha- on the idol our ... primitive people, in his experience, did many strange and inexplicable things. The interpreter said the idol might be cursed, but in the following days they discovered that Shiriki Utundu was harbinger of good luck. The tribe that had pursued them earlier saw Hightower holding the idol aloft and immediately tossed their weapons in the river. They took the expedition back to their village and gave Hightower everything he asked for. The idol..."

ハリソン・ハイタワー アフリカより帰還

ハリソン・ハイタワー3世のコンゴ川遠征

出版社の手記:ハリソン・ハイタワーのスリリングな最新の冒険談をみなさんに楽しんでいただきたい。たった数日前に本紙は速達でこの話を受け取った。アフリカにいるハリソン・ハイタワー3世自身から直接ニューヨーク・グローブ通信に送られてきたのだ。ページからあふれるジャングルの熱気を感じることができるだろう!

 …はもはや笑っていなかった。彼は…偶像をひったくり…ハイタワーの手と…祭壇に。
 ハイタワーは何も与えられていなかった…から偶像を受け取り…。彼の命令で、…ハイタワーの手下が引っ張り…隠していた武器を、十分に…出る途中に戦い…村。しかし、その部族は…そこに立ったままで見つめている…無表情に…ハイタワーはシリキ・ウトゥンドゥを手にとり…その祭壇から。ぼろぼろの…偶像には私たちの…未開の人々、彼の経験上、奇妙で説明のつかないことが多かった。通訳はその偶像は呪われているかもしれないと言ったが、数日後にハイタワー一行はシリキ・ウトゥンドゥが幸運の前兆であることを発見した。ムトゥンドゥ族はハイタワー一行を追跡していたが、偶像を高く掲げるハイタワーを見るなり、武器を川に投げ出した。彼らは遠征から引き揚げて村に戻ると、ハイタワーの求めるものすべてを彼に与えた。偶像は…」

新聞の切り抜きが重ねて貼ってあるため、途切れているところが多数あります。公式サイトの「ニューヨーク・グローブ通信」1912年8月14日の「シリキ・ウトゥンドゥはいかにしてハイタワー三世の手に落ちたか?」の記事によると、「1899年7月、コンゴ川河流域に住む”ムトゥンドゥ族”から手に入れた」とあります。この記事自体はハイタワー3世の冒険物語「ムトゥンドゥ族からの敢然たる逃走」を参考にしているそうです。で、この掲示板の切り抜きは1899年12月19日(火)の記事です。この12月19日の時点で"We received this story by Express delivery only a few days ago, sent to us directly from Harrison Hightower III himself from Africa.(たった数日前に本紙は速達でこの話を受け取った。アフリカにいるハリソン・ハイタワー3世自身から直接ニューヨーク・グローブ通信に送られてきたのだ)"と書かれているので、ハイタワー3世は少なくともアフリカに約半年は遠征しており、シリキ略奪が7月なので、シリキを持ちながらアフリカを探険していたということになります。とりあえず、こんな中途半端ではなく全部この記事が読みたい!それは今週号の講談社「モーニング」で明かされているのでしょうか?明日バイトの特権をいかして読んできます。

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