2011年7月14日 (木)

セイリングデイ・ブッフェ

「セイリングデイ・ブッフェ」で食事中に友人と店内をバシャバシャと撮影しまくっていたら、それを見かねたキャストがBGSなどを説明してくれました。それを元にお送りします。

01 ■ 「セイリングデイ・ブッフェ」はS.S.コ ロンビア号の処女航海を祝うパーティーの真っ最中です。この建物は貨物ターミナル、作業所、オフィスで構成されています。S.S.コロンビア号を所有するのはコーネリアス・エンディコット3世が経営するU.S.スチームシップカンパニー。ニューヨークで名を馳せるこの大企業の豪華客船の処女航海を記念する祝典だけあって、セオドア・ルーズヴェルト前大統領(第26代;1901-1909年)、ウィリアム・タフト現大統領(第27代;1909-1913年)など多数の著名人が来訪予定です。貨物ターミナルの中央にはルーズヴェルトらのための演説台が設置されています(写真左)。本来貨物ターミナル、作業所、オフィスである場所をこの日のために即席でパーティー会場としたため、カトラリーは種類が不揃い、貨物ターミナル・作業所のテーブルとイスも間に合わせのものになっています。

<貨物ターミナル>

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■ 正面入口から入ってすぐにあるメイン会場です。今はおいしい料理が並ぶブッフェ台がありますが、元来はコロンビア号に積載する貨物・運ばれてきた貨物を保管しておく倉庫です。見上げると、1912年当時の世界の主要港の名前が掲げられ、運ばれていく貨物が陳列されています。そこにはなんと「YOKOHAMA」の名もあります。1912年当時日本は明治45年(明治最後の年;7月30日から大正元年)でした。ホレイショースクエアから続くレールはこの貨物ターミナルにつながっています。大きな貨物を運ぶトロリーを引くためのレールです。それが通れるように入口の扉は大きく作られ、必要に応じて拡張して開けることができます。また、オフィスで引き受けた乗客の荷物(後述)をベルトコンベアでコロンビア号船内に運ぶための設備も備えています。

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(写真左):ケープコッドにある「アーント・ペグズ・ヴィレッジストア」より輸出される貨物。内容物は「お菓子詰め合わせ(ASSTD CONFECTIONS)」。壊れやすいので取扱注意との注意書き。
(写真右):以前「こんなところにこんなものが HKDL編」でご紹介した石鹸"FLEGENHEIMER'S Pure CREAM TOILET SOAP"の貨物もあり。
他にもミッキーの誕生日「1118」と書かれた貨物やザンビーニ兄弟のワインもあります。

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ブッフェ台の上に飾られているこのバナーは国際信号機で"Columbia you are the gem of the ocean(コロンビア号 海の宝石)"という意味を成しています。

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■ カレンダーと従業員のタイムカードから、今日が1912年2月4日であるとわかります。つまり、S.S.コロンビア号の処女航海日は1912年2月4日です。しかし、このカレンダーは間違っています。本来の1912年2月は木曜日始まりのうるう年です(こちら参照)。

<作業所>

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■ コロンビア号の修理等を行う作業場です。現在は使っていない鍛冶場も備えています。この上部を隣に停泊中のコロンビア号へと続くベルトコンベアが走り、荷物を船内へと運びます。ここのテーブルとイスも不揃いです。

<オフィス>

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■ 「U.S.スチームシップカンパニー(1)」の記事内で「本社」と書きましたが、本社ではありませんでした。貨物ターミナルと併設しているオフィスです。その役割は豪華客船(同社はコロンビア号含む3隻所持)のチケット販売、乗客の手荷物受付など。だから、他のダイニングエリアと違って内装が整っていて統一感があります。豪華客船の乗客は富裕層が多いので、それに恥じないようにです。商談や受付に使われる引き出し付テーブル(デスク)が特徴的です。

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(写真左):S.S.コロンビア号の模型。本来コロンビア号は赤×濃紺の配色をしていますが、この模型は赤×黒で塗られています。これはミッキーマウスを意識しての配色だそうです。ミッキーのかたちをしていない隠れミッキーと言えるかもしれません。
(写真右):帆船の模型。周囲の雰囲気とは少々浮いた、この青×黄の配色もディズニーファンにはおなじみ。そう、ドナルドダックをイメージしてこの配色となっています。この上段には緑×黒×黄のグーフィーをイメージした帆船の模型もあります。

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2010年3月19日 (金)

ケープコッド(1)

0319 ■ 「ケープコッド・クックオフ」の正面入口を入って左側に額装された文書が見受けられます。それにケープコッドの地名の由来などが書かれています。

 Two British ships reached land within moments of each other in the year 1680. The first was commanded by Captain Elias Winthrop, who immediately proclaimed this settlement the ton of Winthrop. The second ship, under the command of Captain Joshua Bedford, declared this new territory Bedford Grove. When neither could prevail upon the other to relinquish the land or its name, it was decided that a new name, acceptable to both, must be chosen.
 Many names were put forth but, for one reason or another, soundly rejected. Finally, an exasperated woman in the crowd, who noticed the predominance of codfish in the water, shouted out, "Please, sirs, we are all very hungry. Why not call this place Cape Codde Village and be done with it?"
 And so they did, and so it was and so it remains.
 Over the years, Cape Codde Village has endured harsh winters, heavy storms, and devastating fires, but our townspeople are nothing if not resilient.
 We are proud of our "Yankee know-how" and our "never say die" attitude.
 We pride ourselves on remaining a small township, and we are deservedly famous for our fishing traditions, our annnual Fourth of July Cape Codde Cookoff, our stoic merchants and our unique handicrafts. Though we benefit greatly from the visitors who come here, it is important to us that we preserve our way of life. Which is why we are fond of saying, "Come again when you can't stay so long."

Rebecca Peabody
Second Day of April, Eighteen Hundred and Ninety-Nine
RECORDER / HISTORIAN

 1680年、二隻のイギリス船が互いにほとんど同時に上陸した。一隻目はイライアス・ウィンスロップ船長が指揮を執る船で、彼はすぐに1トンの容積をほこるウィンスロップ船の入植を宣言した。二隻目はジョシュア・ベッドフォード船長の指揮下にある船で、この新しい領地を「ベッドフォードの森」とすることを宣言した。上陸の順序やこの地の命名権を譲歩するように誰も説得することができないため、両者が納得する新しい地名を選ばなければならないことになった。
 たくさんの名前が候補に出たが、あれこれと理由をつけて徹底的に却下された。ついには、群衆のうちにいた怒った女性が水中のタラの優位に気づいて叫んだ。「お願い、船長さんたち、私たちはみんなとてもお腹が空いてるの。どうしてこの場所を『ケープコッド(タラ岬)村』と呼ぶのではいけないのかしら?それで決まりにしません?」
 そして、彼らはそれに同意し、この地は「ケープコッド村」となり、その名がとどまっている。
 長年ののち、ケープコッド村は厳しい冬や大きな嵐、破壊的な火事に耐えたが、私たち村人は決して立ち直らないことはなかった。
 私たちは「ニューイングランド人のノウハウ」と「決してくじけない」姿勢を誇りにしている。
 私たちは小さな村のつながりが残っていることを誇りに思っている。また、漁業の伝統で正当に有名であることや、年一回7月4日に「ケープコッド料理コンテスト」を開催すること、禁欲的な商人やユニークな手工芸品なども自慢の数々だ。私たちはここに来る来訪者から多大な恩恵を受けているけれども、私たちにとって重要なことは自分たちの生活方法を失わないようにすることだ。そういうわけで、私たちはこの格言が大好きである。「長居できないときは、また来ておくれ」

レベッカ・ピーボディ(記録家/歴史家)
1899年4月2日

【注】
・原文の書式が中央揃えのため、引用文の改行は引用者による。
・現在"Cape Cod"が正式名称であるが、当時は"Cape Codde"だったようだ(「大坂」と「大阪」的な変化)
・最後の格言"Come again when you can't stay so long."の邦訳に全く自信がない。(夏音さんありがとうございます)

■ アメリカンウォーターフロントのニューヨークは実在した市長や大統領の名前が登場するなど、現実のニューヨークとかぶる部分が多々あります。しかし、上記の文書に登場する人名(Elias Winthrop、Joshua Bedford、Rebecca Peabody)を検索しても、同姓同名の一般人と思しき人しかヒットせず、歴史に名を残した人は見つけられませんでした。本場ケープコッドで有名なクラムチャウダーや灯台はTDSのケープコッドとは共通していますが、実在するアメリカ合衆国マサチューセッツ州に実在するケープコッドと東京ディズニーシー、アメリカンウォーターフロントのケープコッドではそもそもの成り立ちから大きく異なるようです。ニューヨークに比べてケープコッドはTDSの独自設定が強いということですね。
■ 上記の文書によると、「ケープコッド・クックオフ(料理コンテスト)」が開催される日はアメリカの独立記念日である7月4日です。だから、TDSのケープコッドの時代設定は1912年7月4日なのでしょうか?TDSのレストラン「ケープコッド・クックオフ」ではまさに料理コンテストが開催中なのです。そこのタウンホールがカウンターのあるエリア、正面入口入って左側のダイニングエリアが消防署、右側がドナルドのボート工場でした(過去形)。コンテストの最優秀賞(ブルーリボン賞)が私たちに提供されるスペシャルセットです。写真が発掘できたらそこらへんのバックグラウンドストーリーも語りたいです…。
■ また、村人の気質について見つけた記述を引用しておきます。

さかのぼれば独立戦争時代、アメリカの人々は一致団結して、自分たちの権利と生活を守った。以来、ニューイングランド地方の出身者には特有といわれる保守的な気質、ヤンキー気質が出来上がった。ケープコッドの人々も、その例にもれず、底に秘めた強さがある。(『ディズニーリゾート物語』15号 31ページ 講談社 2003年)

のどかな漁村ケープコッドがダッフィーの台頭で毎日大混雑しています。タウンホールに額装されたこの文書の一文がすべてを物語っています。「Though we benefit greatly from the visitors who come here, it is important to us that we preserve our way of life. (私たちはここに来る来訪者から多大な恩恵を受けているけれども、私たちにとって重要なことは自分たちの生活方法を失わないようにすることだ。)」果たしてケープコッドの村民は自分たちの生活を守れているのでしょうか?

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2009年3月18日 (水)

こんなところにこんなものが(3)

■ WFPで絶賛上演中の「ミッキーのドリームカンパニー」より。こんなところでもTDR25周年をお祝いしています。

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左上から衣装に着目してみてください。左上「Disney」、右上「ANNIVERSARY 25」、左下「25」と、なじみのある単語ばかり!マーガレットの友達ふたりとニューヨーク市民です。白い衣装に銀文字で見にくいですが、確かに書かれています。遊び心がうまくショーに溶け込んでますね。
03181 ■ 同じくドリカンより。ニューヨークの街角を表現したステージだけあって私の大好きな広告がいっぱいありますよ!サッカーチームやバイクの広告に紛れて何かないかなあと探していると、やっぱりありました!出演者出入り口のステージ向かって左側の方にこんな広告があります。「スチームボート・ミッキーズ」と「ディズニーシー・トランジットスチーマーライン」(モリー・ブラウン号)の広告です。両方とも実際にアメフロで見ることができます。前者は同ショップに、後者はエレクトリックレールウェイの駅舎周辺で見られます。

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2009年3月 8日 (日)

ニューヨークの旗(1)

0308_1 ■ 始まりはウォーターフロントパーク(WFP)のこのマーク。これは何を示すものなのか?書かれている文字"SIGILLVM CIVITATIS NOVI EBORACI"は英語ではありません。調べてみたところ、ラテン語で「ニューヨーク市章"The Seal Of New York City" 」という意味だそうです。そして、この市章はニューヨーク市水道局の旗にも記されています。それがニューヨーク州ニューヨーク市の旗です。まず、ニューヨーク市章の説明をどうぞ。英語版Wikipediaより。

 ニューヨーク市章の初期形態は1686年に採用された。帯の"SIGILLVM CIVITATIS NOVI EBORACI"は単純に"The Seal Of New York City(ニューヨーク市章)"という意味。
 中央のふたりは植民地入植者とネイティブアメリカンを表しており、両者の統一を示している。左にいる入植者は右手におもりを持っており、右肩の上(帯の左端)にはクロススタッフ(測量の道具)がある。
 右側はマンハッタン出自のアメリカインディアンの一民族デラウェア族(ニューヨークの先住民族;レナペ族と同意)の者で、左手に弓を持って休んでいる。
 武器と盾を見てみると、4枚羽根の風車がニューアムステルダムとしてのニューヨークのオランダ領の歴史を思い出させる。また、ビーバーと小麦粉樽はニューヨークの初期の交易商品を意味している。盾とふたりは月桂樹の枝の上にのっている。
 市章の一番上のハクトウワシは、アメリカ革命後の1784年に加えられた。ワシが加わる前はこの場所に王冠があり、イギリスによる植民地時代に行われていた君主制を表していた。
 下の「1625」はニューアムステルダムとしての成立年を示す。しかし、初のオランダ人移民がニューヨークにやってきたのは1624年であるし、ニューアムステルダムは1653年に合併したのだから、この年が選ばれた理由に多くの歴史家たちは納得いかないようである。

■ 続きまして、TDSのニューヨークに関連するニューヨークの超簡略版年表。

1609年 オランダ東インド会社からの派遣により西インド航路を発見する命を受け、ヘンリー・ハドソンがニューヨークを発見。
1624年頃(1624~27年で不明確) オランダ人植民地総督ピーター・ミヌイットが現地住民からニューヨーク(マンハッタン島)を24ドルで買収する→1625年頃 ニューアムステルダム成立。
1664年頃 ニューアムステルダムがオランダからイギリスの植民地になる。当時のヨーク候(後のジェームズ2世)により「ニューヨーク」と名づけられる。

ヘンリー・ハドソン
イギリス人探検家。1609年にオランダ東インド会社に雇われ、アジアへの近道となる北西航路発見の命を受けてハーフ・ムーン号とともに航海に出る。その際、マンハッタン島(後のニューヨーク)を発見する。彼がマンハッタン島からニューヨーク湾に入っていくときに通った川は彼の名前にちなんで後に「ハドソン川」と名づけられる。彼はマンハッタン島を探検し、先住民と交易を行う。良質なビーバーなどの毛皮がこの地にあることが判明。これらの発見が東インド会社、ひいてはオランダに莫大な利益をもたらすことになる。

ピーター・ミヌイット
オランダ人ニューネーデルランド植民地総督。1624年頃、先住民デラウェア族(レナペ族)から24ドル相当のビーズなどと引き換えにマンハッタン島を買収。

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■ このマークどこかで見たことあると思ったら、水道局の旗にあったんです。問題なのは、WFPにある市章と水道局の旗の市章の年代が異なること。WFPは「1664」、水道局は「1625」。Wikipediaにも出ている正規のニューヨーク市章は水道局と同じ「1625」です。私はWFPを先に見つけて、TDSオリジナルのニューヨーク市章だから本物とは異なる「1664」なのかと思ったんです…。しかし、同じTDSニューヨークにある水道局の旗には「1625」とありますから、TDSニューヨークとして矛盾しています。何か意図があるようには思えないのですが…。ちなみに、WFPの「1664」はニューアムステルダムが「ニューヨーク」と名付けられた年です(年代は諸説あり)。旗の色が青・白・オレンジなのは、オランダ領だった名残で、1625年に使われていたネーデルランド国旗と同じ色です。
■ 余談ですが、ニューヨーク市章に関するページを自動翻訳したら、すばらしい誤訳が出てきました。"The Seal Of New York City"が「ニューヨークのアザラシ」と誤訳されたのです。「誕生日かスクリーンデビュー日か」で話題にしたトゥーンタウン市章のアザラシ、あれはギャグだったんですね~。"Seal"=「紋章;アザラシ」という同音異義語でした。トゥーンタウンは"Seal(アザラシ)"そのものを"Seal(市章)"にしたわけだ!
■ それにしても、新発見を求めてあれこれ調べているわけですが、こうした矛盾が出てくると、TDSの粗探しをいているようで、微妙な気分になります…。まあ、成功もあれば失敗に終わることもあるってことで、あんまり気にしないようにします…。

<参考サイト>http://www.nyc.gov/html/dcas/html/features/greenbook_seal_flag.shtml

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2009年3月 7日 (土)

タートル・トーク(1)

■ 東京ディズニーシーの新アトラクション「タートル・トーク」のオープンが10月1日に決定しました。アメリカンウォーターフロントはニューヨーク、S.S.コロンビア号の海底展望室でクラッシュとお話できるそうです。ということは、ニューヨークの海底にクラッシュがいるってことですね…。おそらくTDSファンの多くが思ったと思います。「なんでコロンビア号にクラッシュ?ニモの舞台はオーストラリアじゃないの?ニューヨークのバッグラウンドストーリーはどうするの?」と。しかし、できてしまうものは仕方ありません。どうにかしてニューヨークとこじつけたバッグラウンドストーリーを考えてみます!

仮説1.クラッシュがニューヨーク港に住み着いた。
オーストラリアのグレートバリアリーフからはるばるニューヨークまでクラッシュがやってきた。この説なら、S.S.コロンビア号とニューヨークの設定に変化を加える必要はない。

仮説2.オーストラリアを旅したS.S.コロンビア号にクラッシュがついてきた。
コロンビア号の処女航海を祝う「セイリングデイ・ブッフェ」、コロンビア号のドリームクルーズを描く「オーバー・ザ・ウェイブ」。すでに、現時点のニューヨークで矛盾が生じている。しかし、ニューヨークの舞台設定上、コロンビア号は「処女航海を控えている」状態。まだ処女航海を迎えていない船がオーストラリアを旅したというのは無理がある。これはTDS不変の正史である。反対に、TDS5周年を見るに、TDSでも時間が経過しているという見方もできる。この設定を引用する場合、コロンビア号が航海の経験があるということになり、コロンビア号がオーストラリアを旅した可能性は否定できない。

仮説3.ベアトリスがクラッシュをつれてきた
ベアトリス・ローズ・エンディコット、S.S.コロンビア号を所有するU.S.スチームシップカンパニーの経営者コーネリアス・エンディコット3世の末娘。「タワー・オブ・テラー」の公式サイトを見るに、自由奔放で自己主張が強く、好奇心旺盛な性格とわける。彼女は「S.S.コロンビア・ダイニングルーム」の内装も手がけたことで有名である。その内装でひときわ目を引くのが、1914年にパナマ運河を航行するS.S.コロンビア号の絵。現在のニューヨークは1912年であるから、未来予想図。公式サイトの「ベアトリスの日記」に、1914年に完成するパナマ運河を称えてこの題材を選んだようだ。以上のことから、ベアトリスは好奇心旺盛でいろんなことに興味を持つ人物と考えられる。彼女がコロンビア号の見世物としてオーストラリアからクラッシュをつれてきた。

…どれも苦しい……。すべての仮説でニモ(現代)とニューヨーク(1912年)の時代設定を結びつけることができません…。そもそも「時空を超えた未来のマリーナ」や1909年のイタリア他、七つの海があるTDSでそんな時代考証考えたらきりがない!…と思ったら、クラッシュは100年以上生きているんですもの、映画『ファインディング・ニモ』の未来か過去にニューヨークにいたって何らおかしくありません!カメは長生き!というわけで、

仮説4.クラッシュは映画より過去もしくは未来にニューヨークにいた(いる)

これでいかがでしょうか?私自身この記事を書きながら、うんうん悩んでいたんですが、悩んでいたらふと浮かんだのが仮説4!映画の過去か未来にクラッシュはニューヨーク港を泳いでいた…と思っておきます。現代と1912年の時間差はこの際無視!ニューヨークとニモの関連性としての一考察です。多分アトラクションの内容を鑑みて考察するなら、未来になると思います。ニモの話題が出てクラッシュは答えられるだろうから。これ以上のこじつけはアトラクションを体験してから考えます。

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2008年12月 8日 (月)

クリスマスデコレーション

■ アメリカンウォーターフロントのデランシーストリートにあふれるクリスマスデコレーションの日本語訳です。

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"Buon Natale

Shere a special moment with someone special! Come to Mediterranean Harbor for the exquisite Christmas illuminations."

「メリークリスマス

大切な人と特別なときを分かち合いましょう!この上なく美しいクリスマスイルミネーションに彩られたメディテレーニアンハーバーへどうぞ」

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"Christmas Holiday

Cape Cod is the perfect spot for a romantic time with your special someone!"

「クリスマスホリデー

ケープコッドはあなたが大切な人と一緒にロマンティックな時間を過ごすのに最適な場所ですよ!」

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"Feliz Navidad

DECK THE HALLS WITH TROPICAL SPLENDOR...FOR A "HOT" HOLIDAY FESTIVAL!"

「メリークリスマス

熱帯特有の輝きに満ちたヒイラギを飾ろう、『熱い』クリスマスのために!」

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"Christmas in New York !

Enjoy New York's most magnificent Christmas Tree! The highlight to any holiday visit!"

「ニューヨークのクリスマス!

ニューヨーク一の壮大なクリスマスツリーを楽しんで!クリスマスにニューヨークを訪れたときの最大の目玉!」

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"Meet Santa & Duffy !

Have a jolly, good time in Cape Cod!"

「サンタとダッフィーに会おう!

ケープコッドで陽気な楽しい時間を過ごそう!」

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"Meet Mrs.Santa & Marie !

A sweet holiday welcome is waiting for you!"

「ミセスサンタとマリーに会おう!

甘いクリスマスのおもてなしがあなたを待っています!」

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"SEASON'S GREETINGS from NEW YORK"

「ニューヨークから季節のごあいさつ」

■ 久々のお家芸復活です。ミッキーとミニーの"Buon Natale"はイタリア語、チップとデールの"Feliz Navidad"はスペイン語で「メリークリスマス」。

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2007年5月12日 (土)

デランシー・ケータリング(1)

05111 ■ 5周年後の6月1日のショースケジュールが発表されましたね。「ミート&スマイル」と「オーバー・ザ・ウェイブ」は存続とのこと。衣装は今のままなのでしょうか?5周年が始まってから今までのプラザ衣装のミッキーたちのぬいぐるみがセールに出されていて、そこから一抹の不安が…。5周年後も5周年衣装のまま?もう提督ミッキーは見られない?やっぱりシーのミッキーは提督です。イマジニアが直々に考えたミッキーの衣装ですし、お願い、戻って!
■ 久々にアメフロの話題です。かねがね気になっていた「デランシー・ケータリング」のホットドッグの包み紙。ニューヨーク・グローブ通信との噂もあるこの新聞。鋭い方はお気づきでしょう。ここに書かれている英文広告にもばっちり意味があります。実在する会社や建物の広告ばかり!順不同でご紹介します。

(1). WHOLESALERS:Have you considered the enchanted value to your business offered by a direct line between your sales rooms and the docks? Contact us in writing for further particulars.
THE CENTRAL MANHATTAN TELEPHONE CO.

卸売業のみなさんへ
販売部屋とドックが直通電話でつながった仕事という魅力的な値打ちを考えたことが
ありますか?さらに詳しく知りたい方は文書にてご連絡を。
セントラルマンハッタン・テレフォン・カンパニー

(2). NOTICE:McDuck's Pawn Shop will pay Top Dollar for high quality fisherman's gear and other nautical items.

注目
マクダックの質屋は高品質な漁師道具やその他航海品目をどこよりも高く買います。

(3). CAPTAIN AND FIRST MATES:Have long weeks at sea got you in the Doldrums?
Concider a career as a Steamer Captain. Modern boats, your choice of routes, and home in time for dinner(most nights).
Apply at any of our docks,The DisneySea Transit Steamer Co.

船長と一等航海士求む
航海中に無風帯で何週間か過ごしたことがありますか?蒸気船の船長としての経歴を
考えてみてください。最新の船に乗り、あなたが選んだルートを進み、たいていの夜
は自宅の夕食に遅れずに済みます。弊社のドックのどこでも申し込みできます。
ディズニーシー・トランジット・スチーマー・カンパニー

(4). The Sailor's Arms Hotel. Providing adequate shelter in rooms that are clean enough. on Water St., Near the Docks.

セーラーズ・アームス・ホテル。あなたにぴったりな宿として、満足いくほどキレイな部屋をどうぞ。ウォーターストリート。埠頭隣接。

05122 ■ (1)の会社は未調査。(2)はみなさんご存じ。(3)の事務所はやっぱりケープコッドの船着場かな?未調査です。訳に自信のない(4)はひっそりと実在します。左の写真の建物がセーラーズ・アームス・ホテルです。マクダックスの隣です。運がよければ、水兵たちのにぎやかな宴会のざわめきや熟睡する彼らの寝息(いびき?)が聞こえてきますよ。1泊25セント。本日空室あり。ぜひともどうぞ!

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2007年1月26日 (金)

こんなところにこんなものが(1)-2

01261 ■ お久しぶりです。「こんなところにこんなものが(1)」でご紹介したせき点滴薬の広告、TDLにもありました!以前TDLで見たときはリハブ中の囲いにあったのですが、ちゃんと固定の場所にありました。予想通りアドベンチャーランドのダイニングエリアの壁にありました。今までタイミングが悪く、食事時にしか行けなかったのですが、さすが閑散期。人も全然いなかったので、写真が撮れました。ここにもまた驚きの事実が!

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■ TDSのアメリカンウォーターフロントにある広告とキャッチコピーと値段は一緒ですが、こちらにはカエルの腹に"Stops that tickle!"(そのムズムズを抑える!)」と書いてあります。また、会社や商品名が違います。アメフロの"Prince Charming Cough Drops"に対して、アドベンチャーランドは"Greatest Cough & Voice Lozenge on Earth"。うーん、後者は商品名じゃなく謳い文句でしょうかね。「とってもよく効くセキ・声用のどあめ」。今度は点滴薬ではなく、のどあめもしくはトローチです。右下に会社名がありました。"ANDE ROONEY INC MADE IN U.S.A. 1986"、…1986年!TDLがグランドオープンしたのは1983年ですから、後になって付け加えられたということでしょうか?そもそもアドベンチャーランドのダイニングエリアはいつからあったのか?タマゴの広告で値段が定期的に変わったりするように、「永遠に完成しない王国」だから、リニューアルの際に加わった可能性もあります。さらに、驚くべきは"ANDE ROONEY"というこの会社が実在すること!検索したら見事にヒットしました。こちらがその会社のHP。レトロな広告の復刻版や標識、マグネットを販売する会社のようです。さらにさらに、見慣れたカエルの広告をこちらで発見!ご希望の方はTDLと同じ広告をご自宅にどうぞ!
■ 謎が深まったばかりで何も解決されませんでした…。夢のない話だったかもしれないし、この広告とTDSのを比較してディズニー流パロディとも考えられるし、皆様お好きなようにお考えください、って感じでしょうか。

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2006年9月11日 (月)

こんなところにこんなものが(1)

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■ アメリカンウォーターフロントを散策中に発見しました。上の写真は「ディズニーシー・エレクトリックレールウェイ」乗り場横の水飲み場です。そこにある風邪薬の広告。"FROG IN YOUR THROAT(のどにカエルがいる)"。まさしくのどがガラガラで、のどにカエルがいるような咳や風邪にお悩みの方への風邪薬です。10セント。注目すべきはこの医薬品名。わかりますか?"Prince Charming Cough Drops"、「プリンス・チャーミング・カフ・ドロップス(せき点滴薬)」。プリンス・チャーミング!ディズニーファンならもちろんご存じですよね!『シンデレラ』に登場する王子ですよ!09113_3
■ そして、私は今年の冬にこの広告をTDLでも見かけたのです。アドベンチャーランドの「千葉物産館・美術工芸」、「サファリ・トレーディング・カンパニー」、「チキ・トロピックショップ」一体をリハブ中の柵にこの広告と微妙にデザインが違う(文字の位置が違う程度)けど、同じ広告が貼ってあったんですよ。証拠写真はKoZさんの「TDR航海日誌」をご参照ください。KoZさん、わざわざありがとうございました!もしかしたら、アドベンチャーランドのタイフーンサルーンとかに貼ってあったりして。今度チェックしてきます。それにしても、これはディズニーのお遊びですよね?

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2006年8月28日 (月)

ニューヨーク・グローブ通信(2)

0828 ■ もう「タワー・オブ・テラー」オープンまで10日を切ったんですね。覚悟を決めて乗るしかないなあと思う今日この頃。あーイヤだ…垂直落下なんて自分からすすんでしたくない!だけど、それ以上にツアーとその結末が気になる…。
■ 今回はニューヨーク・グローブ通信の求人広告です。「レストラン櫻」の隣の壁あたりにあります。

"NEWSBOY WANTED!
Plucky Youg Go-getters Needed Immediately To Distibute The New York Telegraph Throughout The Metropolitan Area. Apply In Person To The Assistant Circulations Manager, Endicott Publishing, Broadway."

「新聞配達少年求む!
元気で若いやる気のある人、大都市じゅうにニューヨーク・グローブ通信を配達するために急募。お問い合わせはブロードウェイ、エンディコット出版 流通課長補佐まで」

ビジネス英語がわからないので、"The Assistant Circulations Manager"を「流通課長補佐」と訳してあります…。ニュアンスで配達や発送を管理する部署の責任者の補佐ってこわかりますよね…。"manager"には日本語の意味が多すぎです。「流通副主任」でもいいかも。気になるのは"Endicott Publishing(エンディコット出版)"です。何この社名。初耳です。日本でも大手新聞社には配達や印刷などを扱う子会社があるから、ニューヨーク・グローブ通信の印刷や配達関連の子会社でしょうか。「ニューヨーク・グローブ通信(1)」で取り上げた本社には入ってないようです。看板に社名がありませんでしたから。ブロードウェイの別の場所にあるんでしょうね。
■ この求人広告からはニューヨーク・グローブ通信が繁盛して人手不足の様子が伝わってきます。ニューヨーク一の新聞ですからね。それと同時に、仕事を求めて移民がぞくぞくとやってくるニューヨークの情景も浮かんできます。ちなみに、「レストラン櫻」は日本人移民、「パパダキス・フレッシュフルーツ」はギリシャ移民の店です。「マクダックス・デパートメントストア」のスクルージ・マクダックもスコットランド出身です。スクルージは奥が深い…。

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